差動直結回路の安定性について  平成16年6月12日    


 一般にOPT付PPアンプ、SEPPOTLアンプには位相反転回路を必要とするが、大きなドライブ電圧を要する場合には、ムラード型が採用されることが多い。 しかしムラード型は低域で不平衡を生じる傾向があるため、少し回路が複雑ではあるが、私は、初段に差動形の位相反転回路を採用する場合が多い。 しかも、低域時定数を1ヶ所少なくするために、次段と直接結合する。 しかし、この方法では初段球の内部素子のアンバランスが大きく増幅され、次段プレート電圧差となって現れる。 P−P間の電位差は100V近くまで達する場合もある。初段のカソードに100ΩのVRを挿入し調整しても、直流バランスの安定性に次のような問題が残る。
  1. 次段のプレート電圧の再現性があまり良くない。
  2. 電源電圧の変動が敏感に影響する。
  3. 長期の安定が望めない。歪率等に影響が生じるほどの変化が起きる場合がある。
 それらの欠点をカバーするため、ZD、CRD等を使った安定化の実験を試みる。



1.何も手当てをしていない状態(マイナス電源のみ安定化)

 第1図の位置にデジタルテスターを挿入し、手持ちの12AX7(ECC83)を使用して、SWONから20分間30秒毎に次段(12BH7A)のP−P間直流電圧を測定する。
 各球2回づつの測定を実施し、結果は第2図の通りである。温度が上昇し、電圧安定域に入るには、少なくとも5分〜10分程度を必要とする。 3本テストした内でGEの12AX7は安定していたが、他の2本は電源電圧の影響を受けて、いつまでも変動が続いた。 まるで電源電圧の変動を測定していることと同じである。


第1図 電圧計挿入位置、ZD取り付け位置


第2図 時間経過による次段P−P間電圧変化(ZD取り付け前)


2.電源電圧の影響

 電源にスライダックを挿入し、電源電圧を95V〜105Vに変化させた場合の測定結果を第3図に示す。 球にもよるが、かなりの電圧変化を生じる。私のシステムは消費電力が多いため、SWON/OFFで電源電圧が4V近く変化し、次段のP−P間電圧が10V近く変化する場合がある。 調整時にはその電圧低下を考慮する必要があった。メーカーならばバランスの良い球を選別使用が可能であるが、アマチュアの自作アンプでは手持ちの球を使用することが多いため、やはり、電源電圧の変動に対する何らかの対策が必要である。


第3図 AC電源電圧による次段P−P間電圧変化(ZD取り付け前)


3.初段B電源の安定化

 次に、第1図の場所にZDを取り付けてB電源を安定化する。なお、ZDは100KΩとRxの中間に取り付ければ調整が容易である。 デカップリング抵抗(Rx)は初段の供給電圧が150V前後、バイアス電圧が0.8V程度で、歪が少なくなる値に固定する。 その時、次段プレート電圧は190〜210Vの範囲に入っている。時間経過による次段P−P間電圧変化を第4図に、AC電源電圧による次段P−P間電圧変化を第5図に示すが、ZD取り付け前の第2図、第3図と比較して安定した。 しかし、次段供給電圧が変動した場合、バランス変化は初段ではなく次段の動作点移動が原因で発生する。


第4図 ZD取り付け後の時間経過による次段P−P間電圧変化


第5図 ZD取り付け後のAC電源電圧による次段P−P間電圧変化


4.定電流ダイオード、および電流帰還による安定化

  1. まず、初段差動回路のカソードに定電流ダイオード(CRD E−102)を取り付けて測定した。 (第7図)
    しかし、CRDのみでは、電圧変動に対する安定性の改善にはあまり効果がみられなかった。

  2. 次に、次段のカソードに1KΩの抵抗を挿入し、電流帰還をかけて測定した。 (第8図)
    この場合、プレート電圧の変動幅が小さくなり、効果があった。もっと大きい抵抗値にすれば一層効果があると思われるが、電流帰還の分だけオーバーオールNFBが減少し、歪率が悪化するため、NFBを増加させる等の対策が必要である。 

  3. 次に、電流帰還用の1KΩ抵抗2個を取り外し、第6図の場所にZDを取り付け、初段へ供給電圧を安定化して測定した。 (第9図)

  4. 最後に2個の1KΩ抵抗を再度取り付けて測定した。 (第10図)
    第8図、第9図と比較して安定した。特に松下製12AX7については、対策前の電源電圧に対する安定性は非常に悪かったが、対策後は見事に安定した。

     CRDを取り付ける際に、マイナス電源が78VではCRDが発熱するので、ZDを24Vに交換した。なお、CRD(E−102)は定格1mAである。

第6図 CRDZD、および電流帰還用抵抗挿入位置図


第7図 CRDのみ場合の次段P−P間電圧変化


第8図 CRD、と電流帰還を併用した場合の次段P−P間電圧変化


第9図 CRD、とZDを併用した場合の次段P−P間電圧変化


第10図 CRDZD、および電流帰還を併用した場合の次段P−P間電圧変化



5.ま と め

 差動直結型位相反転回路においては、出力管とB電源が共通の場合、初段へのB電源供給電圧安定は必須であるが、B電源を別電源とするSEPPOTLLアンプの場合、対策を実施していなかった。 今回の実験結果から、B電源を別電源とした場合でも、AC電源の電圧変動の影響が大きく、直流バランスを安定させるには初段マイナス電源の安定化対策のみでなく、同時にB電源の安定化と電流帰還併用等の対策が必要である。
 この実験回路では、初段供給電圧の安定により初段のバランスが保たれ、次段のバランスは電流帰還によって保たれる。 どちらか一方の対策では安定度が良くない。

 最終的に下記の方法を採用することにした。(第6図参照)
  1. 初段への供給電圧の安定化
  2. 初段差動回路に定電流ダイオードを使用
  3. 次段に電流帰還をかけて安定化
  4. 歪率改善のためNFBを増加

 球による安定性のバラツキは、銘柄ではなく球の個性の結果と思う。なお、GEとPhilipsは片側のカソードとVRの間に100Ωを挿入してバランスを調整する必要があった。 また、最近購入した数本の12AX7は、管内素子のバランスが悪く、差動直結回路には使用しづらいものが多い印象であった。 やはり、ある程度は「球の選別使用が必要」と感した。それともう一点、カソードに挿入しているVRを200Ωにすれば、より多くの球が使用出来る可能性がある。
 また、次段の球との相性も考慮しなければならない。うまく組み合わせることが出来れば、安定度をかなり改善することが出来る。
 更に安定を望むとすれば、安定化電源によるヒーター直流点火、および次段B電源の安定化が必要であるが、かなり大掛かりなことになる。 次段B電源の安定化を実施するためには、+B供給電圧の低下が免れず、最大出力が低下する可能性もある。
 なお、定電流ダイオードを使用した場合と、高抵抗を使った準定電流回路とは、歪率あるいは直流安定度について大差ない結果であった。(第3図と第7図の比較)
 この実験中に気づいたことであるが、機械的振動を与えてだけでバランスが変化する。また、温度に対して非常に敏感で、シールドケースを手で握っただけでもバランスに変化を生じる。 時間が経過すれば元の状態近くに復帰するが、12AX7(ECC83)はとてもデリケートな球と思う。
 今回はZDCRD、および2本の1KΩによる簡単な方法での実験であるが、十分効果があることが判明した。 費用も1台に付、300円程度の出費で済むので、今後、自作アンプ全てについて改造予定である。 しかし、長期間の安定については不明であり、これから先、追跡調査が必要と思う。


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