シングルアンプの長所短所    平成23年11月11日   

 シングルアンプは回路が簡単で作り易いことから自作例も多いが、シングルアンプ特有の欠点も存在する。そこで、シングルアンプの長所と短所を箇条書きにしてみた。

《 長 所 》
  1. PPアンプやSEPPOTLアンプと比較して回路が簡単である。
  2. 一部の球を除いて、球数も少なく製作費用も安く出来る。
  3. 歪の多くは偶数次歪であるため、耳障りでない再生音である。
  4. 1次インダクタンスの変動が少なく、低域におけるスタガー比設定が容易である。

《 短 所 》
  1. 一般のシングル用OPTは1次インダクタンスが小さく、低域特性は他方式アンプに比べて劣っている。
  2. 低域特性を重視したシングル用OPTは巨大で高価である。
  3. B電源残留リップルの影響を受け易い。
  4. 最大出力はPP方式アンプと比べてかなり見劣りがし、同じ球では1/3以下となる。

《 シングルアンプの各問題点について 》

  1. OPTのインダクタンス

     シングル用OPTでは直流が1方向のみ流れ、鉄芯が直流磁化されて1次側インダクタンスが低下する。 そのため鉄芯には直流磁化を回避するための空隙が設けられ、1次インダクタンスを大きくするには巨大なコアーを必要とする。
     一般のシングルアンプ用OPT(出力容量6W〜20Wクラス)における1次インダクタンスは10〜25Hであり、小型PP用OPTと比較しても1/10程度である。 そのため、5極管シングルアンプにおける低域特性の悪化は免れない。 低内部抵抗の3極管を使用し、大型のOPTを採用すればかなり良好な低域特性が得られるが、それでも小型PPアンプ並みである。

  2. 低域遮断周波数

     右表は各種出力管の内部抵抗(rp)、負荷抵抗(RL)、OPTの1次インダクタンス(H)、低域時定数、低域遮断周波数を対比したものである。 なお、表の1次インダクタンス値はそれぞれの出力管に使用可能な市販されているシングル用OPTにおける標準的値を表している。 さらに大きな1次インダクタンスを持った製品も販売されているが高価である。
    低域時定数 Tf (H/KΩ)は

     で求められる。その時の低域遮断周波数 fl (HZ)は

    となる。なお、右表では3結時の内部抵抗が5極管接続時の1/20に低下すると仮定して計算している。
     5極管(ビーム管)では低域遮断周波数が50HZ近くになる場合もあり、低域特性はかなり犠牲にならざるを得ない。
     一方、3極管(5極管の3極管接続を含む)では一部の球を除いて20HZ未満となっている。特に直熱3極管では概ね10HZ以下となっている。
     低内部抵抗管用として市販されているOPT、たとえばPMF−20W−600Sなどでは、負荷抵抗を小さく、許容電流を大きくした影響で1次インダクタンスが小さくなり、低域遮断周波数が高くなる場合もある。 せめて3Hもあれば十分であるが。

  3. 残留リップルの影響

     B電源の残留リップル電圧を Er とすれば、出力管プレート対アース間リップル電圧 Erp と負荷の両端に現れるリップル電圧 Erl は rp と RL で按分され、それぞれ

     となる。また、OPTの巻き数比を  としたとき、OPT2次側出力における残留リップル電圧 Ero は


となる。残留リップル電圧 Er を50mVと仮定して6BQ5の5極管接続(rp=38KΩ、RL=5KΩ、=25)を(5)式にあてはめて計算すれば、OPT2次側に現れるリップル電圧は0.23mV となる。 これを内部抵抗の低い5998A(rp=0.4KΩ、RL=1.75KΩ、=14.8)を(5)式にて計算すれば 2.75mV となり、6BQ5(5極管接続)の値の約12倍となる。
 以上のように内部抵抗の低い3極管では、残留リップルを十分除去しておかなければ出力端子における残留雑音(リップル)が大きくなるので注意が必要である。
 5998Aの場合、B電源残留リップル電圧を約4mV程度まで下げることが出来れば、出力端子に現れるリップル電圧は6BQ5(5結)と同レベルとなる。
 一般には、OPT2次側からの負帰還により雑音電圧が低下することを考慮すれば、B電源残留リップル電圧が10〜15mVであっても十分実用に耐えられる。

  1. OPT1次側からの負帰還の影響

     出力管プレートから負帰還を掛ける方法はOPTを含まないので、高域の安定性に効果があるが、出力に現れるリップル電圧が増加する。
     負帰還を掛ける前の出力管プレートと対アース間リップル電圧は(3)式と同じである。この状態で負帰還(F)を掛ければ、プレート対アース間リップル電圧 Erp´ は 

    に低下する。この時、負荷の両端に現れるリップル電圧 Erl´ は

    である。さらに、OPTの巻き数比を  とした時のOPT2次側のリップル電圧 Ero´ は

    となる。(8)式に負帰還量 =2(6dB)として6BQ5(5結)にあてはめれば、OPT2次側のリップル電圧は約1.1mV(4.8倍)に増加する。 一方、5998Aでは約3.1mV(1.4倍)に増加するが影響はかなり少ない。
     さらに、出力管プレートからの負帰還では、OPTが負帰還ループに入っていない。 そのため、負帰還量を増加すれば出力管内部抵抗(見かけ)、歪等は低減されるが、出力インピーダンスについてはOPTの直流抵抗(2次側換算値)が加算されるため、ある程度以下には低下しない。
     その値はOPT1次側2次側の巻き線抵抗を r1、r2 、1次側2次側インピーダンスをZp、Zsとした時の中低域では  r=r1×Zs/Zp+r2 で計算出来る。

     あくまでも出力管プレートからの負帰還は、OPT2次側からの負帰還併用を前提とした方法である。

  2. 直熱管のグリッド電流

     直熱管のプレート特性図はヒーターを直流点火し、ヒーターのマイナス側端子をカソードとして作成されている。そのため、もう一方のヒーター端子はヒーター電圧分が加算されたバイアスとなっている。 その結果、バイアス電圧を小さくして行くと、ヒーターのマイナス端子側から流れ始めることになる。
     交流点火の場合は、ハム混入を避けるためヒーター端子間に巻線型バランスVR(50Ω程度)を挿入し、中間点をカソード引き出し端子とする方法を取らねばならない。

     直熱管ヒーター各部と対グリッド電圧を比較したものが下表である。この値はバイアスが0V時の値であり、実際はバイアス電圧が加算される。

    《 第 1 図 》
     古くからおこなわれてきた方法であるが、ヒーター両端電圧は2.5V管で±1.8V(2.5×1.414/2)、5V管では±3.5V(5×1.414/2)変動する。 これにグリッド電流が流れ始めるコントロールグリッド電圧(およそ−0.6V)を加算すれば、2.5V管では−2.4V、5V管では−4.1Vのバイアス電圧付近からグリッド電流が流れ始めることになる。
     傍熱管では−0.6V付近までグリッド電流は流れないのであるから、直熱管ではプレート特性図から計算した最大出力を下回る結果となる。 その影響を小さくするためには低インピーダンスドライブが要求される。

    《 第 2 図 》
     ヒーター交流電圧がG−K間入力電圧に混入して出力に現れるため、一般には使用されない。

    《 第 3 図 》
     最も一般的に採用されている方法である。交流点火と比較してグリッド電流が流れ始めるバイアス電圧が少し小さくなるが、影響は避けられない。 この場合、グリッド電流はヒーターのB端子側から流れ始める。プレート電流についてもヒーターのB端子側へ多く流れることになる。
     バイアスの基準点を K ではなく B にすれば規格表の動作例と一致させることができる。 つまりK点におけるバイアス電圧をヒーター電圧の1/2だけ深くすればよい。 厳密に言えば、ハムバランサーの抵抗値を考慮してカソード抵抗の調整が必要となる。

    《 第 4 図 》
     プレート特性作成時の接続法である。規格表の動作例をそのまま適用するためには、必ずB端子側(マイナス側)をカソード端子としなければならない。 また、バランスVRによる電流帰還も無くなる。
     なお、A側(プラス側)カソード端子とした場合、バイアスを規定値よりヒーター電圧分深く設定すれば使用できるが、自己バイアスではカソード抵抗の変更が必要となる。 しかし、プレート電流はヒーター電圧に逆らって上流へ流れることになるので、特性が変化するかもしれない。

     以上のように直熱型3極管ではグリッド電流の影響を受けて、最大出力が動作例を下回る場合が多いので注意が必要である。 また、もっとも一般的に使用されている第3図の方法が有効かどうか疑問に思われる。 DC−DCコンバーターによる直流点火などの場合は第4図の方法で十分ではないだろうか。 ほぼ完全なDC点火の場合、ハムバランサーは単にカソード抵抗を増加させる意味しかないと思われる。 ハムバランサーは交流点火の場合にのみ必要なものではないだろうか。

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